現在の教育制度はもう限界!多様な教育環境で次世代の人材を育てろ

いじめの多発と陰湿化。それを見て見ぬふりする教員。生徒に対して淫行を行うエロ教師。些細なことで学校に文句をつけるモンスターペアレント。

こうした学校にまつわる問題や事件は何度も繰り返し報じられます。そして、これらの問題を解決できる方法はありません。そもそも学校という制度そのものにムリが生じているのですから、小手先の対応よりも抜本的な見直しが必要です。それができなければ、日本はこれから二流、三流の国家に落ちぶれてしまうでしょう。

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学校制度は労働力の養成機関として始まった

子供たちを一か所に集めて均一な教育を施す今の学校制度は明治になってから。それ以前の江戸時代では、上級武士の子供は藩校に通い、下級武士や町民・農民の子供は寺子屋や私塾に通っていた。

寺子屋では読み書き算盤を教えるだけではなく、生徒一人ひとりに合わせた教育も行っていて、男の子には借用書など各種の書簡の書き方や商売の心構え、女の子には裁縫を教えているところもあった。基礎的な学力だけじゃなく、もう一段上の教養をも身につける教育が行われていたんだね。

しかも当時の寺子屋は番付表でランキングされていて、その順位次第で繁盛したり潰れたりするほど競争が激しかった。教えるほうも厳しく評価されていたのは、現代の予備校や学習塾と同じだ。

明治維新はそうした多様性のある教育を受けた人たち、とくに下級武士が中心となって成し遂げたんだけど、明治になってからの日本は藩校や寺子屋を廃止して学校制度を整え、子供たちに対して一斉に共通のカリキュラムを施すようになった。

その頃は欧米の列強国による植民地政策が盛んなころだったから、日本は侵略されないように富国強兵政策を採り工業化を急ぐ必要があった。そのために子供たちは学校に集められて良質な労働力として育てられた。

その甲斐あって日本は欧米の侵略を防いだだけでなく、世界で主要国の仲間入りを果たすこともできた。その頃の人たちが頑張ってくれたから今の日本があり、その基礎になったのが明治から始まった学校という制度というわけ。

これからは子供たち一人ひとりの能力を引き出す教育へ

子供たちに均一な教育を行う方法は、お手本となる国があって、それを真似ていけば良かった時代には合理的な方法だった。

でも日本はとっくの昔に先進国になり、むしろ今は落ち始めている状態なのに、まだ明治時代と変わらない教育をしていたんじゃ独創性も育まれず、高い教育コストをかけた割高な労働力しか生まれない。

これからの日本は新しいビジネスモデルや技術革新で成長しなければならない。そのためには寺子屋のような生徒一人ひとりに合わせた柔軟な教育方法が必要。

今さら学校制度を見直せというと「いや、そんなのムリでしょ」と言われるかもしれないけれど、江戸時代にできていたことが今はムリってことはないはず。それに生徒を強制的に一か所に集めることをやめれば、いじめなどの学校に山積している問題の多くは解決できる。

今の学校制度、ここが大問題!

じゃあ、どんな教育方法にすればいいのかという前に、現在の学校という教育制度が抱えている問題をピックアップしてみよう。

強制的に進級・卒業させる「ところてん方式」

今の教育制度では6歳になる子供たちを一斉に小学校に入学させる。そこまではいいんだけど、問題はそのあと。

義務教育じゃ出席日数が足りなくても学力レベルが不十分でも、その時期が来れば強制的に進級・卒業させてしまう。登校拒否で何年も学校に行かなくても、テストでどんなに悪い点数をとり続けていても、春になると強制的に進級や卒業させられる。

ってーことは、そもそも学校に通う必要はないということを文部科学省が認めていることになるよね。だったから、ムリに通わせる必要はない。学校に行く必要がなければ、いじめ問題も、教師と生徒間の問題も一気に解決する。

偏った思想で子供を洗脳する

「WGIP」(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)って言葉を見聞きしたことがないだろうか?「WGIP」とは第二次世界大戦後に日本を占領したGHQが、日本人に行った数々の洗脳工作のことです。

GHQは日本が二度と欧米諸国に楯突くことがないように、あの戦争は全て日本人が悪かったと思い込ませた。その洗脳工作はGHQの予想以上に効果的で、戦後70年以上経った今でもマスコミや日教組(日本教職員組合)は子供たちに誤った自虐史観を植え続けている。

歴史になんの予備知識もない子供たちが授業で「日本人は昔こんなに悪いことを他の国々にしました。だから戦争に負けたのは当たり前ですし、永遠に謝って償わなければなりません」なんて教わったら、そのまま鵜呑みにしてもムリはない。

日教組の組合員になってる教師にはこうした反日・左翼思想をもつ者たちが多く、卒業式に日の丸を掲揚させないようにしたり国歌斉唱で起立すら拒む者もいる。本人にどういうイデオロギーがあろうが、それを子供たちの前で実践するのは言語道断。もし生徒たちが校歌斉唱のときに起立しなければどうなる? 卒業証書授与が権威主義だと拒否すればどうなる? 卒業式そのものが成り立たない。それと同じことを子供たちを送り出してあげる立場の教師がやっているのは、主義主張と職業責任をはき違えているとしか言えない。

学校が無法地帯と化している

冒頭の繰り返しになるけれど、学校という、ふつうの社会とは違う「異空間」が生み出す問題が多くあります。

「学級崩壊」っていう言葉を初めて聞いてからずいぶん経つけれど、授業中に教室内を歩き回ったり、教師を恫喝する生徒がいるらしい。またいちいち学校にクレームをつけてくる「モンスターペアレント」はテレビドラマになるほど社会問題化した。

とりわけ問題なのは、特定の生徒に対する脅迫や暴行などの悪質な犯罪行為を「いじめ」と称して矮小化する学校の体質や、「いじめ」に対する教員と教育委員会の無責任さは、場所を変えて同じような事件が繰り返し報道されています。これだけ風紀が乱れた状態の学校が、まともな空間とは言えないでしょう。むしろ「無法地帯」と言うほうがピッタリです。

通学時間の長さ

これは主に高校の話だけど、通っている高校が自宅から遠いと通学に片道1時間かかるのはザラ。おいちゃんの街でもクルマなら片道20分で行けるのに、バスを乗り換えて1時間以上かけて通学している高校生がたくさんいます。そのうえ部活動までしていると、家に帰ったころはもう夜の7時過ぎとかになってしまう。

これじゃあ自由に使える時間はほとんどないし、寝不足の原因にもなってしまう。それでも学校が好きだと言うならいいんだけれど、通学に使う往復の2時間を他のことに使うほうが有意義なのは間違いない。

日本の教育制度 こうすりゃいいんじゃない?

現代教育の在り方について思いついたことを並べてみたけれど、これだけでもそろそろ教育システムを見直す価値はあるんじゃないだろうか?

じゃ、このあとは、おいちゃんが考える日本の教育制度改革案をご披露します。

公的な学力テストによる卒業の認定

大検ってあるでしょ。高校に行かなかったり中退した人が大学受験の資格を得るための試験。最近は制度が変わって「高卒認定試験」っていうらしい。また、病気などで学校に通えなかった子供のために「中卒認定」っていうのもある。

いっそのこと、こうした公的な学力テストを教育制度の基本にしたほうがいいんじゃないだろうか? その他の国家資格も民間資格も試験に合格すればいいんだから、学歴も同じように試験制度にすればいい。自宅での自習や塾に通う他にも、今ふうな方法としてはインターネットスクールで講師や他の生徒とコミュニケーションをとりながら勉強する方法も有効だ。

そうして、あとは自分の好きなことをすればいい。楽器の練習をしてもいいし、絵を描いてもいい。小説を読みふけってもいい。アルバイトでもいい。そのほうが、よっぽど充実した毎日を送れるし、そうした過ごし方が将来に役立つことだってあるかもしれない。

朝から夕方まで学校に束縛されて、授業中は上の空で過ごしているくらいなら、こういう毎日を送るほうが有意義だ。

地域や行政による戸外学習の実施

学校に通わないデメリットの一つに、他人と交流する機会が減ってしまいがちなことがある。子供たちには人との付き合い方を学ぶのも大切な勉強だから、外に出て勉強する機会を作ることも必要。例えばボランティア活動や社会見学などの実施とか。

誰がそれを実施するんだという問題はあるけれど、それは入会しているインターネットスクールや塾が行うとか、市町村などの行政が主催してもいい。

運動も大事だよね。成長期に適度に体を動かす大切さは軽視できない。運動が苦手っていう子も多いだろうけれど、ウォーキングやバドミントンなどの軽い運動ができるサークル活動みたいなのがあるといい。

こうした軽い運動をする機会ってのは、ほんとうに大事だと思う。前にもこのブログで書いたんだけど、学校の体育館やグラウンドは体育会系の部活動に占領されてしまうから、それ以外の生徒たちは運動する機会を奪われているに等しい。だから自宅学習している子供たちや、全日制の学校に通う子供たちが、気軽に体を動かせる環境が欲しいね。

少子高齢化時代だからこそ、教育の方法を見直すいいチャンス!

おいちゃんが学生だった頃は学校と言えば全日制が当たり前で、夜間高校とか夜間大学って言うと全日制からドロップアウトした人たちがあとになってから後悔して通うもの、っていうネガティブなイメージがあった。

だけど今じゃ全日制の学校は、生徒同士のいじめや教員による差別や洗脳工作がはびこる「魔の巣窟」になってしまったところもある。でも今は通信制の高校も増えて高校生活の送り方も自由度が増えた。それを小学校や中学校にも広げていけばいい。

これからの日本は答えのある問題を素早く解く能力よりも、答えが出ない問題を考え続ける能力とか、ものごとを違った見方ができるとか、画一的な教育では身につかない能力を育てていく必要がある。そのためにも、いろんな問題が山積している今の学校制度を見直して、もっと自由でもっと多様な学習機会を子供たちに与えてあげるのが、今の大人の責任じゃないかなって、おいちゃんは思う。

したっけね!

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